PASSION  1988   現在のビジネスに至るまでの経緯と想い(1988~1997年)
プロアスリートに対する尊敬 ~ 日本一になって感じた距離感 ~
人事部から営業へ異動した私には、成績下位の営業マンとして営業所の足を引っ張る時期もありました。
有力選手の大量退部で、シーガルズが崩壊しかけたこともあります。
自らが語った「仕事もアメフトも日本一」であるが、どちらにも近づかない。
言葉ほど簡単ではない「仕事もアメフトも日本一」。
自らが語ることに、どれだけの責任や重みがあるのかを身を持って味わいました。

簡単には書き表すことができない日々、残ったメンバーで一致団結、8年の月日を費やし、
1996年末に念願の社会人日本一を達成。
迎えた1997年1月。
たくさんの観客が東京ドームに集まり、TV放映された「ライスボウル」(社会人日本一と学生日本一が戦う試合)で勝利し、
真の意味で日本一となったシーガルズ。
この勝利は、これまで重ねた時間の集大成であると共に、私に、新しい価値観と人生観を生むものでありました。

様々なスポーツで、スタジアム観戦やTV放映で多くのファンが熱狂し、
ファン一人ひとり、それぞれの人生の中に必要なものとして位置づけられる。
そして、選手やトレーナー、コーチ、球団スタッフに給料が支払われると共に、
世界のトップレベルで戦う選手を次から次に輩出する日本プロスポーツ界。

「それは、実業団日本一からは想像できない価値を、社会・個人に提供しているんだろうなぁ…。」

日本一となったシーガルズは、
実業団アメリカンフットボールより高いレベルで選手が競う中で、プレイで給料を得る選手はゼロ。
日本一を知る事で捉えることができた距離感が、「プロアスリート」に対する尊敬の原点となりました。
いわば、この、プロアスリートへの敬意を得る事こそ、私が通らなくてはならぬ大きな過程であったと考えます。