PASSION  2006   現在のビジネスに至るまでの経緯と想い(2006~2010年)
野球選手の契約交渉代理人として 〜 一生の宝物 〜
2006年、ビジネス人生最大のどん底を経験。
知人との共同経営の典型的な失敗例とされる、社内の分裂。
育ててきたビジネスの芽も、分散した優秀な仲間と一緒に失い、起業家精神が鎮火した日々も、
「お客様に迷惑をかけられない」の義務感と信頼してくださった日本人MLB選手の存在、
眠れぬ夜の藤沢周平、山本周五郎、池波正太郎で自身を支えていました。

2007年、MLBレギュラーシーズン終盤。
コロラド・ロッキーズでプレイするクライアントの単身赴任先引っ越し準備でコロラドへ。
想定外の連勝を重ねたロッキーズが、1-dayプレイオフ、ワイルドカードを経てワールドシリーズへ進出。
「引っ越し準備」の出張が、アリゾナ、フィラデルフィア、ボストンを経由する「ワールドシリーズ勝ち上がりの旅」へとなりました。

勇気とプライドで活気付くファンの熱狂を彩るかのように、
チームカラーのパープルと Rocktober (Rockies で Rock な10月!)の言葉に染まるコロラドで、スポーツの価値を再認識しつつ、
4連敗で幕を閉じたワールドシリーズ最終戦。

選手のご家族とともにスタジアム駐車場で待機する自分の元に、クライアントが戻ってきました。
様々な気持ちが混ざり合う複雑な心でいる中、「長いシーズン有難うございました」の言葉と一緒に差し出された右手。

一生の宝物となる「握手」でした。

さらに、代理人の仕事にも変化が。
代理人業を共にするテレムさんに社内分裂を伝えると、
「キミの仕事ぶりをずっと信頼している」の言葉とともに、
メジャー球団GM達との交渉現場に同席する機会をこれまで以上に提供してくださることになります。

「アメリカTOP代理人とMLB球団GMの交渉」に同席して意見を述べ、球団と選手双方にベストな契約を結ぶ現場体験を重ね、
「野球選手の契約交渉」の実績と自信を積み、2006年に1名だった ADMの日本人MLBクライアントは、
2010年には4名に増えていました。